2007.11.25
大殺界
よくお客様との会話でもありました「悪い事って重なるのよね〜」って
重なってる最中でもそんな会話が当時の私の心を癒してくれたんですよね、お客様の体験談など聞いたりして・・・・
皆あるんだこんな時・・・私だってこれが始めてな訳じゃない
きっと今度も越えられる!
そんな勇気をお客様に頂きながら、震える手を悟られぬように仕事する
毎日でした・・・・でもなんなんでしょうね〜そんな時に限って
眉カットを頼んでくれるお客様が多いのですよ
2人の店長がいなくなる事はもう避けられない現実、私は2人がいなくなった後のシュミレーションを頭の中でイメージする毎日でした。
残る皆を活かし育てるのが私の役目・・・悲しんでいる暇はない、震えてる場合じゃね〜〜〜なんなんだ〜〜〜この手〜〜
何度シュミレーションしても当時一人のスタッフが強烈に頭に残るんですよ、誰もが次の店長は彼だろうと思ったに違いありません。
でも私の中では、彼に任せたら店が潰れる・・・って直感したんです。
力のある子でした、いい物いっぱい持ってる子でした、でも・・・
受ける強さ、我慢する強さ、受け流すゆとりを持たない子でした。
その代わり攻撃力、瞬発力、回転の速さは誰よりも抜きん出ていました
そこで私が出した結論が・・・・5回目の出店なんです、成功する確信
なんてありません、ただただ・・・当時の残されるスタッフを活かすため、彼に足りない物を気づかせるため、そして自分が独走した事への
戒めでした。
そんな仮想なオープンの準備のさなか私生活では2人目に授かった子供を私は流産しました。安定期に入って間もない出来事でした。
5回目のオープンは条件付で彼に全てを任せました・・・もちろん
2年半で閉店、砂の城です。後始末は全て私達がやりましたよ、でも
その子を憎いとは思いません、あれも今となっては自分への投資となりました。彼も今独立し苦労してるはずです
そんなゴタゴタのさなか・・・入社してくれたのが
康子さん
私は思いましたよ康子さんに会った時、この人ならやってくれる人に育つ!!ってね
もちろんすぐに店長に・・・なんて事はできません、
それに彼女には家庭がありますし・・・転職した理由も家庭と仕事の両立をしながら好きな仕事をマイペースでやりたい・・・って訳なんですから・・・でも・・・
(そんなの関係ね〜
そんなの関係ね〜)
とにかく現場で実績を作ってもらい皆が彼女の部下になってもいいって思わせなきゃ!!
そうなる為に彼女が持っているものと足りない物は暫くしたら良く分かった、後は足そうとする私にどれだけ食いついてきてくれるかでした。
何度も言われました康子さんに「どんだけ〜〜〜」って
そんな新しい風が吹き始めた頃・・・今度はイケメン窪ちゃんが就職!
捨てる神あれば拾う神あり・・・まさにその通りですね、
八方塞出口なしから長〜〜いトンネルを抜けて光に向かいまた歩き始めたそしてそれから2年後康子さんは西郷店店長とまんまとはまってしまったわけなんです
大殺界ってあるんですよね、誰にでも必ず一生に何度か・・・凄い苦しいけど逃げても逃げてもそれは追ってくるから向き合って超えたほうが
いいと思いましたよ、不思議といい時より何倍も超えた後の良かった〜
が強い気がする。楽な時より学ぶ事も多い気がする。
大殺界・・・バンザ〜〜〜ィ・・・・


重なってる最中でもそんな会話が当時の私の心を癒してくれたんですよね、お客様の体験談など聞いたりして・・・・
皆あるんだこんな時・・・私だってこれが始めてな訳じゃない
きっと今度も越えられる!
そんな勇気をお客様に頂きながら、震える手を悟られぬように仕事する
毎日でした・・・・でもなんなんでしょうね〜そんな時に限って
眉カットを頼んでくれるお客様が多いのですよ

2人の店長がいなくなる事はもう避けられない現実、私は2人がいなくなった後のシュミレーションを頭の中でイメージする毎日でした。
残る皆を活かし育てるのが私の役目・・・悲しんでいる暇はない、震えてる場合じゃね〜〜〜なんなんだ〜〜〜この手〜〜

何度シュミレーションしても当時一人のスタッフが強烈に頭に残るんですよ、誰もが次の店長は彼だろうと思ったに違いありません。
でも私の中では、彼に任せたら店が潰れる・・・って直感したんです。
力のある子でした、いい物いっぱい持ってる子でした、でも・・・
受ける強さ、我慢する強さ、受け流すゆとりを持たない子でした。
その代わり攻撃力、瞬発力、回転の速さは誰よりも抜きん出ていました
そこで私が出した結論が・・・・5回目の出店なんです、成功する確信
なんてありません、ただただ・・・当時の残されるスタッフを活かすため、彼に足りない物を気づかせるため、そして自分が独走した事への
戒めでした。
そんな仮想なオープンの準備のさなか私生活では2人目に授かった子供を私は流産しました。安定期に入って間もない出来事でした。
5回目のオープンは条件付で彼に全てを任せました・・・もちろん
2年半で閉店、砂の城です。後始末は全て私達がやりましたよ、でも
その子を憎いとは思いません、あれも今となっては自分への投資となりました。彼も今独立し苦労してるはずです

そんなゴタゴタのさなか・・・入社してくれたのが
康子さん
私は思いましたよ康子さんに会った時、この人ならやってくれる人に育つ!!ってね
もちろんすぐに店長に・・・なんて事はできません、
それに彼女には家庭がありますし・・・転職した理由も家庭と仕事の両立をしながら好きな仕事をマイペースでやりたい・・・って訳なんですから・・・でも・・・
(そんなの関係ね〜
そんなの関係ね〜)とにかく現場で実績を作ってもらい皆が彼女の部下になってもいいって思わせなきゃ!!
そうなる為に彼女が持っているものと足りない物は暫くしたら良く分かった、後は足そうとする私にどれだけ食いついてきてくれるかでした。
何度も言われました康子さんに「どんだけ〜〜〜」って
そんな新しい風が吹き始めた頃・・・今度はイケメン窪ちゃんが就職!
捨てる神あれば拾う神あり・・・まさにその通りですね、
八方塞出口なしから長〜〜いトンネルを抜けて光に向かいまた歩き始めたそしてそれから2年後康子さんは西郷店店長とまんまとはまってしまったわけなんです

大殺界ってあるんですよね、誰にでも必ず一生に何度か・・・凄い苦しいけど逃げても逃げてもそれは追ってくるから向き合って超えたほうが
いいと思いましたよ、不思議といい時より何倍も超えた後の良かった〜
が強い気がする。楽な時より学ぶ事も多い気がする。
大殺界・・・バンザ〜〜〜ィ・・・・



2007.11.24
ホテル美容室
さて・・・・続きですよね・・・・・
もう後には引き返せない状況が出来上がったわけで、それからの6年半に これでもか!!ってくらいに無数の壁が目の前に立ちはだかるなんて・・・想像もしていませんでした。
オープンしてすぐに 婚礼のスケジュールが今までとは違い数ヶ月先までびっしりと入る。
それに伴いご親族の着付けやヘアーセットの予約も入る・・・しかし
それをサポートしてくれるスタッフに限界がある事にやっと気づいたんです。
そもそも誰も望んでいなかったオープンなのでしたから・・・。
当時の2人の店長がフルにサポートしてくれたが、その度に店の予約の
お客様に迷惑がかかる・・・・・そんな不安定なスタートをきって
半月後の4月娘の保育園の入園式を無事終えた。
と思ったらその一ヶ月後の5月、娘は原因不明の病気に倒れ入院
4歳になったばかりの娘に 昼は両親が付き添い 夜は私が寝泊まり
を繰り返す。一ヶ月間の入院を終えた後も2ヶ月間娘は歩く事ができなかった。
母はクモ膜下に倒れてから後遺症はないものの食事の支度をしなくなった。
もっぱら食事は私の役目だ・・・・
仕事を終え家路に向かう途中から母に電話で簡単な役割を指示する。
いくら病みあがりとはいえ何もせずに待っていてもらう事は当時の私には不可能だった。
一度母さんに冷凍庫から魚を出すのを忘れたので「母さん冷凍庫の魚を
外に出しといてくれる?」と頼んだ時・・・・
家に着くと・・・家の外にある郵便受けの上に、ポツンとあじのひもの
が載っていた事があった
(確かに・・・外だ・・・)
あの時は本当に自分は間違った選択をしたのでは・・・・と真剣に自分の浅はかさを攻めましたよ。
仕事では・・・ブライダルのサポート役を育てなければ・・・と早急に募集
をかけ、半年かけてブライダルの助手 着付師を育てました。
それと同時進行で他の先生方と自分の仕事を見比べるうちに、自分の仕事にも不安を感じ今までの着付をもう一度1から勉強し直す事に決め
2年掛けて着付のスペシャリスト達の集まる会に幾つかの試験を受けて
無事入会を果たしました。
とにかく私のような新参者が何十年もこの道で腕を振るっている大先輩
達の中に飛び込んだ訳なのですから・・・肩を並べるところまでは何が
あっても行くしかありません。
そうしてる間も今度は父の体を癌が容赦なく蝕みH14年5月5日68年の人生を終えました。
そしてその後間もなく2店舗の両店長がほぼ同時に退職願いを・・・・
あの頃私は、細かい仕事をする時手が勝手に震えるようになってしまいました、お客様に気づかれないようにと必死でしたが、振るえはとまらず、夜も自分の泣き声で目が覚めてしまったり・・・
まさに八方塞出口なしの闇に入った時でした。
これでもかってくらいに こんな時はまだ続くんですよね
もう後には引き返せない状況が出来上がったわけで、それからの6年半に これでもか!!ってくらいに無数の壁が目の前に立ちはだかるなんて・・・想像もしていませんでした。
オープンしてすぐに 婚礼のスケジュールが今までとは違い数ヶ月先までびっしりと入る。
それに伴いご親族の着付けやヘアーセットの予約も入る・・・しかし
それをサポートしてくれるスタッフに限界がある事にやっと気づいたんです。
そもそも誰も望んでいなかったオープンなのでしたから・・・。
当時の2人の店長がフルにサポートしてくれたが、その度に店の予約の
お客様に迷惑がかかる・・・・・そんな不安定なスタートをきって
半月後の4月娘の保育園の入園式を無事終えた。
と思ったらその一ヶ月後の5月、娘は原因不明の病気に倒れ入院
4歳になったばかりの娘に 昼は両親が付き添い 夜は私が寝泊まり
を繰り返す。一ヶ月間の入院を終えた後も2ヶ月間娘は歩く事ができなかった。
母はクモ膜下に倒れてから後遺症はないものの食事の支度をしなくなった。
もっぱら食事は私の役目だ・・・・
仕事を終え家路に向かう途中から母に電話で簡単な役割を指示する。
いくら病みあがりとはいえ何もせずに待っていてもらう事は当時の私には不可能だった。
一度母さんに冷凍庫から魚を出すのを忘れたので「母さん冷凍庫の魚を
外に出しといてくれる?」と頼んだ時・・・・

家に着くと・・・家の外にある郵便受けの上に、ポツンとあじのひもの
が載っていた事があった
(確かに・・・外だ・・・)あの時は本当に自分は間違った選択をしたのでは・・・・と真剣に自分の浅はかさを攻めましたよ。
仕事では・・・ブライダルのサポート役を育てなければ・・・と早急に募集
をかけ、半年かけてブライダルの助手 着付師を育てました。
それと同時進行で他の先生方と自分の仕事を見比べるうちに、自分の仕事にも不安を感じ今までの着付をもう一度1から勉強し直す事に決め
2年掛けて着付のスペシャリスト達の集まる会に幾つかの試験を受けて
無事入会を果たしました。
とにかく私のような新参者が何十年もこの道で腕を振るっている大先輩
達の中に飛び込んだ訳なのですから・・・肩を並べるところまでは何が
あっても行くしかありません。
そうしてる間も今度は父の体を癌が容赦なく蝕みH14年5月5日68年の人生を終えました。
そしてその後間もなく2店舗の両店長がほぼ同時に退職願いを・・・・
あの頃私は、細かい仕事をする時手が勝手に震えるようになってしまいました、お客様に気づかれないようにと必死でしたが、振るえはとまらず、夜も自分の泣き声で目が覚めてしまったり・・・
まさに八方塞出口なしの闇に入った時でした。
これでもかってくらいに こんな時はまだ続くんですよね

2007.11.11
開けたり閉めたり
さて・・・元のスタイルに戻ってから早くも半月近く経とうとするのですが、何だか長〜〜い夢からやっと覚めたような、今はそんな爽やかな
毎日を過ごしているわけなのです。スタッフの顔も輝いて見えます。
考えてみたら私はこの20年で5店舗をオープンさせ、3店舗を閉店しているわけで、その間に2度の改装も含めると かなり0からにしては
何かにつけ忙しい20年でありました。
その内の2店舗はオープンに相当の迷いがあり 正直ありえない無謀な
選択でした。
最初のオープンから7年目に決意したのは移転でしたから、2店舗目は
迷いはありませんでした。
1店舗出して1店舗閉める・・・しかしそこで 一軒が動く時の膨大な
エネルギーと資金繰りの大変さを学びました。
3回目のオープンの決意は、人を育てる 活かす事に気づいた時にやってきました。
一箇所では抱えきれなくなってきたのです。10年目の決意でした。
最近では「人は育てるな替えていけ」なんて言う人達もいますが
20年経った今となってはその心理も分からない訳ではありませんが
やはり私の場合、ここに居る間は育って欲しい育てたいと思うのが現実
で、それが自分をも育ててくれた原点ともなる訳で、これからもその姿勢は変わらないのだと思う。
そして4回目のオープンが掛川グランドホテルでした・・・
忘れもしないH・12年の5月のある日 突然1本の電話が・・・
「・・・・グランドホテルの・・・です」
出店の話に私は「少し考えさせてください」と答えて電話を切った
当時の私は 母さんがクモ膜下出血で倒れ まだ退院して間もなく
そのつい先日父さんが肝臓癌だと告知されたばかりだった。
仕事とプライベートは別物だなんて言ってはいられない現実と向き合っていた訳で・・・
男だったらここら辺は割り切って仕事は仕事と考えて
いたのだろうが・・・現に家の亭主は 我関せずで、飯食って仕事行って寝る基本姿勢を淡々とこなしていたわけで・・・・。
そして3ヶ月後の8月再び電話が
・・・私はもう他が決まって忘れているのだろうと思っていた頃でした。
自分にとって3ヶ月も問題を放置しておくなんて事はありえない事でしたが・・・考える余裕すらなかった。
「前向きに検討してもらえましたか?・・・・」
「・・・・あっ!・・・はい・・・いや〜・・・まだ・・・・」
私達は直接会って話しをする事に・・・・。
迷う私を揺さぶったのは「ブライダル」・・・の一言だった
当時はまだ年間数件 お客様からの指名があればホテルに出向いて
お支度をさせてもらう程度に始めていたばかりだった。
ブライダルの仕事はこの業界では華形の仕事であり やりたいと憧れを持っていても そうそうできるものではない、ましてや私のような一代目
の新参者などが入れる世界ではない事は知っていた・・・・が、
目の前にその話が転がってきたではないか・・・ここで私がレールを敷けばその後に続くスタッフのためにも・・・・その瞬間
私の中からは両親の事、家庭の事、当時のスタッフがブライダルに全く興味
がない事も全てが吹っ飛んだ
いわゆる独走態勢に ガッチリ入ってしまったわけだ。
「前向きに・・・」なんて言ってる場合じゃ〜〜ないのにさ・・・
私の中の何かが勝手に進みだしちゃって・・・H13年3月
オープンに漕ぎ尽かしちゃったわけなのです
これはもう・・・・・・・・続くのだ・・・・・・。
毎日を過ごしているわけなのです。スタッフの顔も輝いて見えます。
考えてみたら私はこの20年で5店舗をオープンさせ、3店舗を閉店しているわけで、その間に2度の改装も含めると かなり0からにしては
何かにつけ忙しい20年でありました。
その内の2店舗はオープンに相当の迷いがあり 正直ありえない無謀な
選択でした。
最初のオープンから7年目に決意したのは移転でしたから、2店舗目は
迷いはありませんでした。
1店舗出して1店舗閉める・・・しかしそこで 一軒が動く時の膨大な
エネルギーと資金繰りの大変さを学びました。
3回目のオープンの決意は、人を育てる 活かす事に気づいた時にやってきました。
一箇所では抱えきれなくなってきたのです。10年目の決意でした。
最近では「人は育てるな替えていけ」なんて言う人達もいますが
20年経った今となってはその心理も分からない訳ではありませんが
やはり私の場合、ここに居る間は育って欲しい育てたいと思うのが現実
で、それが自分をも育ててくれた原点ともなる訳で、これからもその姿勢は変わらないのだと思う。
そして4回目のオープンが掛川グランドホテルでした・・・
忘れもしないH・12年の5月のある日 突然1本の電話が・・・
「・・・・グランドホテルの・・・です」
出店の話に私は「少し考えさせてください」と答えて電話を切った

当時の私は 母さんがクモ膜下出血で倒れ まだ退院して間もなく
そのつい先日父さんが肝臓癌だと告知されたばかりだった。
仕事とプライベートは別物だなんて言ってはいられない現実と向き合っていた訳で・・・
男だったらここら辺は割り切って仕事は仕事と考えて
いたのだろうが・・・現に家の亭主は 我関せずで、飯食って仕事行って寝る基本姿勢を淡々とこなしていたわけで・・・・。
そして3ヶ月後の8月再び電話が
・・・私はもう他が決まって忘れているのだろうと思っていた頃でした。自分にとって3ヶ月も問題を放置しておくなんて事はありえない事でしたが・・・考える余裕すらなかった。
「前向きに検討してもらえましたか?・・・・」
「・・・・あっ!・・・はい・・・いや〜・・・まだ・・・・」
私達は直接会って話しをする事に・・・・。
迷う私を揺さぶったのは「ブライダル」・・・の一言だった
当時はまだ年間数件 お客様からの指名があればホテルに出向いて
お支度をさせてもらう程度に始めていたばかりだった。
ブライダルの仕事はこの業界では華形の仕事であり やりたいと憧れを持っていても そうそうできるものではない、ましてや私のような一代目
の新参者などが入れる世界ではない事は知っていた・・・・が、
目の前にその話が転がってきたではないか・・・ここで私がレールを敷けばその後に続くスタッフのためにも・・・・その瞬間

私の中からは両親の事、家庭の事、当時のスタッフがブライダルに全く興味
がない事も全てが吹っ飛んだ

いわゆる独走態勢に ガッチリ入ってしまったわけだ。
「前向きに・・・」なんて言ってる場合じゃ〜〜ないのにさ・・・
私の中の何かが勝手に進みだしちゃって・・・H13年3月
オープンに漕ぎ尽かしちゃったわけなのです

これはもう・・・・・・・・続くのだ・・・・・・。
2007.11.05
心機一転
11月より新しい形・・・と言うより元の形に戻した・・・と言った方が
いいのか、6年半前の2店舗経営のスタイルに戻った訳なのですが、
どうやらその内容は6年半前とはすっかり変わっていた訳で、いきなり
何なんだ!!ってくらいの忙しさに飛び回った毎日でありました。
無駄に月日が流れていた訳でもなく、無駄な事をしていた訳でもなかったのだと改めて実感をしました。
成長したスタッフと成長した店で、また楽しくワイワイ仕事ができる・
・・・と楽しみにしていましたが・・・そんな暇もなく
2日3日4日と3ヶ所に婚礼の仕事に飛び回りました。
これからはサロンで待つのでなく、道具を一式揃えて式場に出向くのですから・・・初心に返って気持ちのいい緊張感を思い出しました。
あらかじめ式場には下見と担当者との打ち合わせをしてありますので
前日に指定された搬入口から道具を運び入れスタンバイしておきます。
一生に一度のセレモニーですから 忘れ物があってはなりません。
大変なのは、ブライダルアシスタント達です、今までとは勝手が違い
あちらこちらに行くのですから・・・・式場によってお支度場所も
かなり異なりますから、それぞれにその場をいかに有効に使うかを考え
なくてはなりません・・・まぁ彼女達なら大丈夫でしょう
さて・・・この環境に馴れるまでは ちょっと時間がかかりそうですが
なんだか 大きな荷物が・・・ちょっぴり無理して背負っていた荷物が
やっと降ろせた感じがして・・・気分良く歩き始めました。
掛川グランドホテル店最後の日 お世話になった皆さんにお別れのあいさつをし、
ジョイの20周年パーティーの料理を作ってくださった
和食の料理長の所で秋づくしの会席を おいしく頂きました
もちろん食事の友は・・・康子さん
思い出話しや今後のあれこれを語り合い、時間も忘れてしまいそうな勢いでした。そろそろ帰りましょう気分良く・・・「お勘定・・・」
料理長の計らいでサービスしていただいたはずなのに・・・
会席料理より飲み代の方が・・・
康子さんったら・・・会席料理の倍以上飲んで・・・
いえいえ・・・いいんです・・・いいんですよ〜康子さん・・・いつだって どんな時だってフルに頑張ってくれてるんですから〜
さて・・・最後はチャーリーに会っていかなくちゃね!!
10Fの「チャーリーズバー」で私と康子さんは 今度はカクテルを・・
もちろんパーティーの話題で盛り上がりましたよ・・・チャーリーにも
本当にお世話になりましたから・・・今度12月23日にチャーリーの
ライブディナーショーがあるから・・・康子さんと一緒に来る約束を
したんです。グランドホテル3Fですよ〜〜是非行ける方行ってあげてくださいな〜〜ジョイでも受け付けておりますよ〜〜
そんな最後の夜を過ごしました。最後はやっぱり・・・ミッチョンの
「あ”〜〜もう眠い〜〜歯磨きしたい〜〜
」
「ほんとに我がままな奴だな〜〜
」
・・・・・・・・・・・・「完」・・・・・・・
いいのか、6年半前の2店舗経営のスタイルに戻った訳なのですが、
どうやらその内容は6年半前とはすっかり変わっていた訳で、いきなり
何なんだ!!ってくらいの忙しさに飛び回った毎日でありました。
無駄に月日が流れていた訳でもなく、無駄な事をしていた訳でもなかったのだと改めて実感をしました。
成長したスタッフと成長した店で、また楽しくワイワイ仕事ができる・
・・・と楽しみにしていましたが・・・そんな暇もなく
2日3日4日と3ヶ所に婚礼の仕事に飛び回りました。
これからはサロンで待つのでなく、道具を一式揃えて式場に出向くのですから・・・初心に返って気持ちのいい緊張感を思い出しました。
あらかじめ式場には下見と担当者との打ち合わせをしてありますので
前日に指定された搬入口から道具を運び入れスタンバイしておきます。
一生に一度のセレモニーですから 忘れ物があってはなりません。
大変なのは、ブライダルアシスタント達です、今までとは勝手が違い
あちらこちらに行くのですから・・・・式場によってお支度場所も
かなり異なりますから、それぞれにその場をいかに有効に使うかを考え
なくてはなりません・・・まぁ彼女達なら大丈夫でしょう

さて・・・この環境に馴れるまでは ちょっと時間がかかりそうですが
なんだか 大きな荷物が・・・ちょっぴり無理して背負っていた荷物が
やっと降ろせた感じがして・・・気分良く歩き始めました。
掛川グランドホテル店最後の日 お世話になった皆さんにお別れのあいさつをし、
ジョイの20周年パーティーの料理を作ってくださった
和食の料理長の所で秋づくしの会席を おいしく頂きました

もちろん食事の友は・・・康子さん

思い出話しや今後のあれこれを語り合い、時間も忘れてしまいそうな勢いでした。そろそろ帰りましょう気分良く・・・「お勘定・・・」
料理長の計らいでサービスしていただいたはずなのに・・・
会席料理より飲み代の方が・・・

康子さんったら・・・会席料理の倍以上飲んで・・・

いえいえ・・・いいんです・・・いいんですよ〜康子さん・・・いつだって どんな時だってフルに頑張ってくれてるんですから〜

さて・・・最後はチャーリーに会っていかなくちゃね!!
10Fの「チャーリーズバー」で私と康子さんは 今度はカクテルを・・
もちろんパーティーの話題で盛り上がりましたよ・・・チャーリーにも
本当にお世話になりましたから・・・今度12月23日にチャーリーの
ライブディナーショーがあるから・・・康子さんと一緒に来る約束を
したんです。グランドホテル3Fですよ〜〜是非行ける方行ってあげてくださいな〜〜ジョイでも受け付けておりますよ〜〜
そんな最後の夜を過ごしました。最後はやっぱり・・・ミッチョンの
「あ”〜〜もう眠い〜〜歯磨きしたい〜〜
」「ほんとに我がままな奴だな〜〜
」・・・・・・・・・・・・「完」・・・・・・・
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